みんな、ロケットボーイだった (3)―――昨日の夢は今日の希望、そして…
2001年10月22日
鈴木 真二
ロシアの独学の天才、チオルコフスキー(1857−1935)によって提唱された液体燃料ロケットを1926年に実際に飛行させたのは、アメリカのゴダードであった。政府から援助が得られなくとも、ひたむきに実験を続けたゴダードも、宇宙を夢見たロケット・ボーイだった。

●液体燃料ロケットの初飛行

図1 人類初の本格的な液体ロケット(1926年、資料クラーク大学)
日本では大正14年の1926年の3月16日、雪に覆われたマサチューセッツ州オーバーンの農場で、一人の大学教授が、ロケットの点火を、固唾(かたず)をのんで見守っていた。教授夫人も一緒であったが、彼女は危難所で記録をとるためカメラを回していた。ロケットとはいえ、今のロケットを想像してはいけない。それは子供のブランコのような骨組みでできていた(図1)。
助手のヘンリー・ザックスが点火棒を近づけ、教授が液体酸素とガソリンのバルブを開いた。ロケットは、控えめな爆発音と白煙をだすが、すぐには上昇の気配が無かった。燃料が減っていき、ついに推力が重量を上回り、ゆっくり上昇を開始した。その後はロケットである。急に速度を上げ、時速100キロに達するが、急に向きを変え地面に突っ込んだ。映画「遠い空の向こうに」で、ロケットを広場で打ち上げたヒッカム君たちのシーンが思い出される。
時間は2.5秒、最高高度は12メートル、到達距離は56メートル。宇宙を目指すにはあまりにもわずかな一歩であったが、これが人類初の本格的な液体燃料ロケットの初飛行であった。固体燃料によるロケットは初回に紹介したように長い歴史があったが、人が乗って宇宙を目指すためには、自由に推力を制御できる液体燃料ロケットを開発しなくてはならなかった。最初の液体ロケットはパリに留学していたペルー人のポーレが19世紀末に実験したとされているが、本格的な実験はこの時が最初であった。
ただし、この偉大な実験を人々が知ったのは、10年後の1936年になってからであった。資金的な援助をしていたスミソニアン協会が教授のレポートを発表したのがきっかけであった。教授は実験の公開を強く拒んでいた。それには理由があったのである。

●月を目指した男

43歳の大学教授の名は、ロバート・H・ゴダード(1882−1945)であった。彼が、ロケットの研究を始めたきっかけは次のように伝えられている。17歳のとき、母親から庭にある桜の木の枝を切るように頼まれたゴダードは、少年の頃に読んだH・G・ウェルズの「宇宙戦争」を思い出した。火星人が地球を襲うというSF小説である。木の上で、宇宙旅行に思いをめぐらした彼は、「木から降りたとき別人になった」という。その日は、ゴダードの「記念日」になった。

図2 クラーク大学の物理学教授であったゴダード。彼は大学では学生に人気のある教授であったという(資料クラーク大学)
マサチューセッツ州のクラーク大学で物理学を専攻したものの、結核のため、授業にはほとんど出席できなかったという。結果的には、そのことはゴダードを宇宙旅行の研究に集中させることになった。1911年には、博士号を取得し、1919年には母校の物理学教授となった(図2)。液体ロケットの研究は在学中の1909年ごろから開始し、チオルコフスキーとは独立して、ロケットの運動方程式や、多段ロケットの理論的研究を行った。
大学の予算と自費で研究を進めていたが、1913年に作成した「高高度到達方法」と題された論文によって1916年からスミソニアン協会からロケット研究の助成金を得ることができた。液体燃料ロケットであれば、月に到達することも可能であることを理論的に示した彼の論文は1919年に公表された。この公表は、しかし、ゴダードの人生を変えてしまうほどの反響を引き起こす。

●新聞記事

新聞はゴダードの研究を興味本位で書き立てた。ゴダードの研究は当時の常識を超越していた。ニューヨーク・タイムズのような大新聞でさえ、真空でロケットが飛べる訳はないと結論し、「月ロケット人間(the moon-rocket man)」と彼を呼んだ。ロケットが後方の空気を押して飛ぶことは高校生でも常識であり、空気が無ければ飛べるはずはないとタイムズは主張した(1920年1月13日)。ニュートンが導いた作用反作用の法則の本質が分っていなかったのである。最前線の科学が理解されがたいのは仕方がないが、新聞記事はゴダードをひどく傷つけた。
なお、ニューヨーク・タイムズは、1969年7月17日になって、1920年の記事が間違っていたことをわびた。「ロケットは大気中と同様に真空中でも機能するのは確かである」とである。1969年といえば人類が始めて月面に立つ年であり、7月17日はアポロが月面に着陸する3日前であった。
この騒動があってから、ゴダードはロケットの研究を秘密にした。主な資金源は、大学と、スミソニアン協会とカーネギー研究所であったが、いずれも大きなものではなく、自費も投入していた。ほとんど独力でロケットを開発するのであるから、その苦労は並大抵ではなかった。過労がたたり、結核で倒れてしまうことになる。病院の床で、彼は、看護婦に紙切れを渡す。自分はロケットを開発しなければ死ぬわけにはいかないと書かれていたという。研究への執念は病魔を遠ざけ、1926年の打ち上げを迎えることができた。

●ゴダードのロケット

ここで、ゴダードの最初のロケットをもう一度見てみよう。長さは3メートルほどである。奇妙なのは、燃焼室とノズルからなるロケットエンジンが機体の先端に取り付けられていることである。機体の底にある円筒は、液体酸素とガソリンのタンクである。この配置は、今日のロケットと逆である。
ゴダードがこうした配置を取ったのは、重心を下げ、機体先端で推力を出すことによって安定性を得ようと考えたためであろう。重い荷物を持ち上げる場合、下から持ち上げるよりも、ロープをかけ上から持ち上げたほうがバランスが良い。ただし、こうした安定は、力が常に上向きに作用する場合である。ロケットのように機体が傾くと、ロケットの推力方向も傾く場合、推力の位置は安定性には関係しない。打ち上げ直後は真っ直ぐ上昇したものの、いったん傾くと軌道が大きくそれてしまったのはそのためであろう。しかも、ロケットエンジンが上にあると、排気ガスが下流に位置するタンクにあたるので、せっかくの推力が無駄になってしまう。

図3 ロケットが尾翼で姿勢安定を得る仕組み。機体が傾いても尾翼に作用する空気力で自然にもとにもどる。
ロケットが大気中で安定性を得るしくみは、実は飛行機の安定性と原理的には同じである(紙飛行機をうまく飛ばす科学(1)、(2)をご覧下さい)。胴体下部に翼をつけ、空気の力で傾きを補整する働きをもたせる。この場合、重要なのは、重心の位置である。図3のように空気力が作用する中心より前(上)に重心がなければならない。羽をつけた矢の安定性と同じである。ただし、こうした翼を利用した安定性は、速度がついて十分な空気力が発生しなくては得られない。ゴダードのロケットは推力が小さかったので、速度が得られるまでは別な方法を模索せねばならなかった。
ゴダードには、「こま」のように回転するジャイロを利用して、安定性を得る構想があったのだが、それをためすには、巨額な研究費が必要であった。ロケットに夢を追い求めたゴダードの心持は、彼が高校の卒業式で読んだ次の言葉にも表れている。「これまで幾度か証明されてきたように、昨日の夢は今日の希望であり、明日には現実のものとなる。」ロケットの研究費は以外な事から得られるようになる。(次回に続く)

関連リンク

みんな、ロケットボーイだった (2)―――逆境を支えた夢と想像力
(鈴木 真二:9月28日)

みんな、ロケットボーイだった (1)
(鈴木 真二:9月11日)

紙飛行機をうまく飛ばす科学 (2) ――― 飛行機が飛ぶわけ
(鈴木 真二:8月7日)

紙飛行機をうまく飛ばす科学 (1) ――― 飛行機が飛ぶわけ
(鈴木 真二:7月31日)

http://libref.clarku.edu/archives/GoddardBio.htm
Robert H. Goddard Library Web Site

http://history.msfc.nasa.gov/rocketry/index.html
A Timeline of Rocket History

http://www.bekkoame.ne.jp/~yoichqge/
にっぽんロケット館(やかた)

http://spaceboy.nasda.go.jp/index_j.html
宇宙情報センター

http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9803/01/mov/review/99/october_sky/
Cinema Clip:遠い空の向こうに

http://www.tdx.co.jp/movie/djvie01/vie00190.asp
MOVIE WORLD / PREVIEW / OCTOBER SKY

s_suzuki@newsjpmsn.com
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プロフィール

鈴木 真二 (すずき しんじ)
1953 年岐阜県生まれ。1979 年東京大学工学部航空学科修士課程修了。同年 (株) 豊田中央研究所入社。 1986 年工学博士。同年東京大学工学部助教授、1996 年同教授。専門は飛行力学。著書は「現代の航空輸送」 (共著:勁草書房) 、「マルチメディア航空機図鑑」 (監修:アスキー) 、「力学入門」 (コロナ社) など。日本航空宇宙学会理事。

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