ヒッカム少年の同級生で、物理大好き少年クウェンティン君が説明するように、ロケットの起源は
13 世紀ごろに中国で使用されたロケット弾 (火箭:かせん)
のようである。矢の先に火薬をつめた円筒の固体燃料ロケットが取り付けられていた (図 1)
。歩兵を中心とする宋の軍隊が強大な騎馬民族の機動力に悩まされ、強力な兵器を開発したのであろう。日本では鎌倉時代の頃である。
ロケット弾の脅威に驚いた蒙古軍はただちに自らの武器に取り入れる。そして、ロケットは蒙古軍の強大な勢力を背景に世界中に広まる。わが国も元寇のときにロケット弾で攻撃されている。ヨーロッパにもロケット弾は伝わるが、より強力な鉄砲が発明された後は、その用途は花火や信号弾に限られた。
ヨーロッパではすたれたロケットも鉄砲の伝来の遅れたアジアやアラブでは依然として武器として存続し、それがヨーロッパに再導入されるのは、イギリスが
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世紀末にインドで手痛い被害を受けたためである。インド南部のマイソール国で、ハイダル・アーリー皇子の率いるロケット弾の軍団にイギリス軍が敗れた。この敗戦の報告からイギリスのコングレーブ卿はロケット弾の開発を行う。
コングレーブ・ロケットは
1805
年に、ブローニュ港のナポレオン軍への攻撃に最初に使用される。この時は嵐のため点火できずに失敗するが、翌年には戦果をあげたようである。ロケット弾はたちまちヨーロッパに広まり、各国が所有するまでになる。
アメリカ国歌のフレーズに「ロケットの紅の炎」に浮かび上がる星条旗が歌われているのは、1814
年の米英戦争でイギリス艦隊が首都ワシントンの攻撃に用いたロケット弾のことであるという。1863
年の薩英戦争においても、イギリス軍はロケット弾を鹿児島に射ち込んでいる。このときのロケットは排気をベーン
(翼板) にあてて自身をスピンさせ、安定化をはかっていた。
ロケット弾の欠点は命中精度が悪いことである。スピンさせる工夫も命中精度を上げるために考案されたものである。ただし、鉄砲も弾丸にスピンを与えるため、砲身の内側にらせん状の溝をほる技術が発達し、飛躍的に射距離がのび精度があがった。このため、ロケット弾は急速にすたれる。そういえば、ヒッカム少年らのロケットもあらぬ方向に飛んでしまい、大人から大目玉を食らうことになる。