紙飛行機をうまく飛ばす科学 (3) ――― 飛行機が飛ぶわけ

 

1 , 2 回と主に尾翼の役割に焦点をあて紙飛行機の秘密をさぐってきた。尾翼は飛行のバランスを取る飛行機の脇役とも言える。今回は主役ともいうべき主翼にせまってみたい。紙飛行機の翼は薄い。なぜ、翼型をしていないのか?少し反らすと良く飛ぶのはなぜか?などいろいろと疑問がわいてくる。

 

この記事は 2001 年 7 月 31 日に掲載された『 紙飛行機をうまく飛ばす科学 (1) ――― 飛行機が飛ぶわけ 』、8 月 7 日に掲載された『 紙飛行機をうまく飛ばす科学 (2) ――― 飛行機が飛ぶわけ 』の続編です。以前の記事は 筆者によるこれまでの記事の一覧 をご覧ください。

 
● 翼型でなくとも飛べるのはなぜか

 紙飛行機は確かに平らな紙で翼ができている。本当の飛行機のようにきれいな翼型をしていないのに飛べるのはなぜか。これは以前、「揚力はなぜ発生するか」を解説した際に、読者の方から頂いた質問でもある。

 「翼型は上に反っているため、上面の距離が下面よりも長くなる。翼にあたって上下に分かれた流れが後縁で合流するためには上面を速く流れなくてはならない。この流速の差によりベルヌーイの定理から圧力差が生じ、揚力が発生する。」と、揚力の発生原因が説明されることがある。この説明によると平らな紙飛行機の翼には揚力は発生しないことになる。

 「だから、ベルヌーイの定理は間違っていて、翼のような物体の下面に流れが当たるので、その反力として揚力が発生する。」とするのが、以前から話題となっているアンダーソン氏らの説である。

 「後縁で合流」説は何の根拠も無いことは飛行機が飛ぶわけ―――「ベルヌーイの定理」説をめぐる論争を解く (1) で説明した。「流れの反力」説は、ニュートンが考えた方法でもあるが、純粋な反力自体は実際に作用する揚力の 10 分の 1 以下しか発生しないことが分かっている。

 飛行機が飛ぶわけ―――「ベルヌーイの定理」説をめぐる論争を解く (2) で説明したように、揚力が発生するのは流れが後縁にそって流れ去ることが重要である。このことは 20 世紀の初頭に、クッタとジュコーフスキーによって発見された。彼らは、流れが後縁にそって流れ去るためには翼が渦を作らねばならず、その渦が揚力を作ると説明した。

 クッタとジュコーフスキーの説明は純粋に数学的なのであるが、その後の研究で、渦は翼の表面にできる境界層と呼ばれる狭い層で生み出されることが分かってきた。翼表面では摩擦によって流速が 0 になるために、境界層内部では流速が急激に変化する。このとき渦が作られるのである。翼が流れに対して大きな角度をもつと、安定した境界層が維持できなくなり流れが剥離(はくり)し、失速と呼ばれる現象がおきる。揚力が大きく失われるのである。

 このように、後ろがとがっていれば、平板でも、下に反った翼型でも揚力は発生する。下に反った翼型でも揚力が発生することは、飛行機が背面飛行でも飛べることの理由にもなっている。

 
● なぜ紙飛行機の翼は薄いか

 紙飛行機の翼は後ろはもちろん前もとがっている。飛行機は流線形でなければいけないのになぜ前をとがらせる必要があるのか。

 飛行機の翼は前縁が丸くなっている。しかし、昆虫の翼を思い浮かべてほしい。トンボでも蝶でも翼は平板である。翼型のような厚みのある翼をしてはいない。紙飛行機は本物の飛行機よりも昆虫に近い飛行体と考えたほうが良さそうである。

 トンボも飛行機も同じ原理で空中を飛ぶのであるが、空気の状態が両者では大きく異なっていることに注意しなくてはならない。先ほど、境界層の内部で渦が作られると書いたが、こうした現象は空気に粘性(ねんせい)があるために発生する。粘性の程度をあらわす、すなわち、「さらさら」しているか「ねばねば」しているかを表現するために空気力学ではレイノルズ数というものを使用する。その定義は図 1 のとおりである。レイノルズ数が小さいほど「ねばねば」していることになる。

 
図 1 レイノルズ数の定義

 実際の飛行機が飛んでいるときのレイノルズ数は 10 の 6 乗 (100 万)以上であるが、紙飛行機は小さいし、遅いので 10 の 4 乗 (1 万)程度である。飛行機よりもトンボに近い値である。図 2 はレイノルズ数が 21 万の場合の平板のまわりの流れの様子である。平板の先端で流れがはがれるのであるが、バブル状の渦が内部にでき、流れは再び平板に付着する。レイノルズ数が小さいときには、こうした流れの再付着によって平板でも有効に揚力を生み出すことができるようである。そのためには先端はとがっていなくてはならないと考えられる。

 
図 2 平板のまわりの流れの様子(写真集「流れ」から作成)

 もう一つ重要な点は空気抵抗である。図 3 はいろいろな断面の柱の空気抵抗係数をレイノルズ数を変えてプロットしたものである。下の 2 本が 12 %の厚みを持つ翼型(破線)と平板(実線)の空気抵抗である。飛行機が飛ぶときのレイノルズ数 (10 の 6 乗)あたりでは翼型の方が空気抵抗が小さいのであるが、紙飛行機のレイノルズ数 (10 の 4 乗)では逆に翼型のほうが空気抵抗が大きくなっている。

 
図 3 いろいろな断面の柱の空気抵抗係数(航空宇宙工学便覧)。横軸はレイノルズ数。レイノルズ数によって抵抗は大きく変化することが分かる。

 レイノルズ数によって平板の空気抵抗が変化するのは、境界層が層流という状態から乱流という状態に変化するためだと考えられている。層流と乱流の違いを簡単に観測するには、タバコの煙を見れば良い。タバコから発生したばかりの流れは層流であり、煙はまっすぐに上昇するが、しばらくすると煙が急に乱れる。これが乱流である。レイノルズ数が大きくなると流れはすぐに乱流になってしまう。

 翼型と平板で空気抵抗の大きさが逆転するのは、乱流に変化するレイノルズ数が両者で異なるためと考えられる。ともかく空気抵抗は小さいほうが良い。空気抵抗が大きいと、紙飛行機を真上に投げ上げても高度が取れないし、前回説明したように滑空性能も悪化する。昆虫も紙飛行機も薄い翼を用いるのはこうした理由であると私は考えている。

 層流と乱流の違いはゴルフボールの表面のくぼみ(ディンプル)とも密接な関わりがある。ゴルフボールではくぼみをつけて乱流にした方が抵抗を小さくできるという。図 3 の上の 2 本のグラフからも分かるが、翼のような流線形物体とは逆の特性になるのは面白い。話し出せば長くなってしまうので、今回は翼の話に限定したい。

 
● ライト兄弟のフライヤー

 模型実験をするときには、力学的な特性が一致するように相似則に注意しなくてはならない。風洞実験をするときにはレイノルズ数を合わせるのはこうした相似則の一つである。模型が実物の 10 分の 1 であれば、気流は飛行速度の 10 倍にしないとレイノルズ数は一致しない。

 ライト兄弟は図 4 のような風洞で 200 種類もの模型を試験し、 1903 年に初飛行したフライヤー号を設計した。しかし、レイノルズ数の重要性は当時はまったく知られていなかったので、風洞の流速は実際の飛行速度程度であった。模型は小さいので、レイノルズ数が小さくなる。いかに遅いとはいえ、フライヤー号のレイノルズ数は 10 の 6 乗程度であった。これより二桁小さなレイノルズ数で実験していたのである。ちょうど抵抗の逆転がおきる領域である。ライト兄弟が薄い翼型を用いた謎がここにありそうである。

 
図 4 ライト兄弟の風洞のレプリカ(ハンプトン航空宇宙博物館)
(画像をクリックすると拡大表示します)

 薄い翼型は初期の飛行機にしばらく使用されることになるが、空気力学の研究が急速に進み、レイノルズ数の重要性も認識されるようになる。現在のような厚みのある翼型を採用した機体はドイツのフォッカー Dr.I あたりからである。レッド・バロンことリヒトホーヘンの愛機である。ドイツのプラントルらがゲッチンゲンの風洞で研究を進めていた成果が翼の設計に反映されたと考えられている。その後、複葉機はしだいに姿を消し、現在のような厚みのある翼を持つ単葉機が主流となっていく。技術と科学を両輪として飛行機は進歩を続ける。

 ちなみに、コンコルドのような超音速機も薄い翼を使用する。ただし、これはレイノルズ数ではなく、マッハ数の影響である。マッハ数は空気力学を支配する別の相似則に関係する。紙飛行機が音速を超えて飛行する超音速機と翼の薄さや、三角翼の形でつながっていることは面白い。この点に関しては、別の機会に考えてみたい。

 
● なぜ翼を反らせるのか

 厚みのある翼でも、平板でも中央をまげて反らせると性能が上がる。鳥の翼の観察から、翼に反りをつけると良いことは古くから知られていた。明確なデータでその効果を最初に示したのは、ドイツのリリエンタールである。リリエンタールは 1891 年から 96 年までさまざまなグライダーで飛行実験を行っている(図 5) 。

 
図 5 リリエンタールの飛行(マルチメディア航空機図鑑)

 リリエンタールは優れた研究者でもあり、図 6 のような回転式アームで翼の揚力と抵抗を計測している。図 7 は、翼の傾きを変えた場合の空気力を、横軸を抵抗、縦軸を揚力としてプロットしたものである。揚力と抵抗の比、すなわち揚抗比がグライダーの沈下角度を決定することは前回説明した。

 
図 6 リリエンタールの用いた空気力測定装置(航空情報):アームを回転させて揚力と抵抗を測定した
(画像をクリックすると拡大表示します)

 
図 7 リリエンタールの計測結果(航空情報):揚抗比(揚力と抵抗の比)が反り(キャンバー)をつけることで向上することがわかる
(画像をクリックすると拡大表示します)

 図 7 では、原点からの傾きが揚抗比になっている(みごとな表示方法である)。反りのあるキャンバー翼は平板よりも傾きが大きくなる。つまり、反りをつければ、抵抗をさほど悪化させずに、揚力をより大きくでき、結果として揚抗比を大きくできる。リリエンタールのデータはライト兄弟のグライダーの設計にも利用され、飛行機の発明へとつながっていく。

 「グライダーの父」リリエンタールは 1896 年 8 月 9 日の墜落で命を落とす。彼の墓石には「犠牲は、はらわれなければならない」と刻まれている。危険な飛行を繰り返した彼の生前の口癖であった。飛行機の未来はリリエンタールの飛行から生まれたといっても過言ではない。

 

 -msnJ

 
● 参考資料

 

  1. 鈴木真二、続・航空機の形を科学する10、航空情報、2001年10月号、酣燈社
  2. 鈴木真二監修、西川渉、宮田豊昭、マルチマディア航空機図鑑、アスキー、1996.
  3. 航空宇宙工学便覧、図A3.48 レイノルズ数と抵抗係数の関係、p.83、丸善、1992.
  4. 写真集「流れ」(日本機械学会編)、翼型の揚力、p.72、1984.

 
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プロフィール

鈴木 真二 (すずき しんじ)

1953 年岐阜県生まれ。 1979 年東京大学工学部航空学科修士課程修了。
同年 ( 株 ) 豊田中央研究所入社。
1986 年工学博士。同年東京大学工学部助教授、 1996 年同教授。
専門は飛行力学。
著書は「現代の航空輸送」 ( 共著:勁草書房 ) 、「マルチメディア航空機図鑑」 ( 監修:アスキー ) 、「力学入門」 ( コロナ社 ) など。
日本航空宇宙学会理事。