7 月 3 日、10 日のジャーナル掲載記事 (「飛行機が飛ぶわけ 上・下」) では翼がなぜ揚力を作るかということを話題にした。飛行機が飛べるのは揚力のおかげばかりではない。紙飛行機をとばした時のことを思い出してほしい。なかなか思うように飛ばない紙飛行機も、なにかの拍子ですばらしく飛んだことがあったに違いない。上手く飛ばすにはそれなりの科学的裏づけが必要なのである。

 

筆者によるこれまでの記事の一覧

 
●紙飛行機の達人に会う

 仕事がら飛行機に関係するいろいろな方にお会いする機会がある。折り紙飛行機作家の戸田拓夫さんもそのお一人である。あるテレビ局が 3 メートルの巨大折り紙飛行機を飛ばすという企画を立てた時に、スペースシャトルのような見事な立体折り紙飛行機を折り上げたのが戸田さんである。

 
図1 スペースプレーン型の巨大折り紙飛行機(折り紙ヒコーキ博物館)

 精密鋳造会社の専務取締役という忙しい仕事のかたわら、戸田さんは折り紙飛行機の普及に尽力され、2001 年の 3 月には在住の福山市に「紙ヒコーキ博物館」もオープンしている。

 戸田さんが紙飛行機にのめりこんだきっかけがおもしろい。大学時代に折り紙飛行機の本を手にした戸田さんはさっそく本を見て折り紙飛行機を作って飛ばす。これがまったく飛ばない。たまたま本の著者のお住まいが下宿の近くであったので、直接指導を仰ぎに向かったそうである。

 その本「飛ぶ本」の著者、中村栄志氏は「そりゃあ君、飛行機の後ろを調節しないと飛ぶわけないよ」と言われたそうである。戸田さんは「それなら、本に書いておいてほしいよな」と不満を持ったのだが、そのとき渡された紙で 200 機ほど創作したのが折り紙飛行機に魅せられたきっかけだそうである。

 「後ろを調節する」とは何であろうか? これが今回のキーワードである。

 
●良く飛ぶ飛行機の条件

 自重を支える揚力が得られることが飛行の第一条件であるが、これだけでは飛べない。同じ紙飛行機でも後ろを調節するだけで良く飛ぶようになるということは、何かほかの条件があるということだ。

 翼には揚力が発生する。それは前回紹介したように、翼の表面に作用する空気の圧力を足し合わせたものである。つまり揚力は分布力である。この揚力が一点に作用すると考えることができ、その点を揚力の作用点と呼ぶ。折り紙飛行機のような平板翼ではこの作用点は 図 2 のような位置にある。

 
図2 右主翼の空力中心。空力中心は上のように作図した点線の前から1/4にある

 重力も分布力であり、重力が一点に作用する点を重心という。こちらは簡単である。指の先で支えてバランスの取れる点である。コンパスの先を使えばさらに正確に求められる。揚力は自重を支える大きさが必要で、両者がバランスせねばならない。そこで、揚力の作用点に重心が来るように折り紙飛行機を折ることにする。しかし、この機体は飛ばない。

 
●「やじろべえ」はなぜ戻る

 重心と揚力の作用点が一致する飛行機は何がいけないのか? この機体には安定性が無い。正確には迎角に関する静安定が無いという。

 例えば「やじろべえ」を考えてみよう。「やじろべえ」は重りの重さと支点からの距離をかけたモーメントが左右でバランスすれば釣り合う。ただバランスするだけならば、シーソーのように腕が真っ直ぐでもよいはずである。しかし、腕が真っ直ぐな「やじろべえ」は面白くない。

 「やじろべえ」は傾けても戻り、振動を続けるから玩具になる。腕が真っ直ぐな「やじろべえ」は傾けても、その位置で止まってしまい戻らない。なぜ「やじろべえ」は戻るのか?

 これは、実は、なかなか難問である。東大生でも直ぐには答えられる者は少ない。腕を下に曲げた「やじろべえ」を傾けると、図 3 のようになる。注意深く見ると、左の重りは下に動くと支点に近づくが、右の重りは上に動いて支点から遠ざかる。つまり、モーメントのバランスが崩れ、傾きを元にもどす力 (復元力) が作用する。

 腕を上にした「やじろべえ」はもちろん不安定でひっくり返る。

 
図3 「やじろべえ」は傾いても元に戻る力が自動的に発生する

 
●飛行機を安定化させるためには

 小難しい説明をしなくても、紙飛行機をうまく飛ばすコツはみんなが知っている。重心を少し前にすれば良い。実は、こうすることで「やじろべえ」のように飛行機を安定にできる。

 
良く飛ぶ紙飛行機の重心と空力中心の位置関係

 「やじろべえ」のように機体が傾いた場合を考える。飛行機には支点はないが、投げ出した瞬間や、風が吹いたときなど、釣り合い状態からずれる。図 4 のように機体の姿勢がずれる場合を考える。機体の姿勢がずれても重力は同じであるが、揚力は変化する。揚力は迎え角によって変化するので、機体が頭あげ姿勢になった場合、揚力は大きくなる。

 
図4 頭を上げた紙飛行機は増加する揚力によってもとにもどる力が発生する

 増加した揚力は復元力となり、重心に対して頭を下げるモーメントを作る。つまり、紙飛行機は釣り合い状態に自動的に戻る。機体が頭さげ姿勢になった場合は逆になる。紙飛行機は釣り合い状態からずれたとしても、「やじろべえ」のように自動的に元にもどる。つまり、安定した飛行が可能になる。

 
●機体の後を調整する必要性

 ここでようやく、戸田さんが指南をうけたという「機体の後ろの調節」に話をすすめることができる。重心を揚力の作用点より前にすれば飛行が安定化されることはすでに説明した。しかし、このままではモーメントがアンバランスになってしまう。揚力の作用点を移動させずに、モーメントのバランスをとる方法が、「機体の後ろの調節」なのである。

 図 5 のように、翼の後縁に沿って爪を立てて「すじ」をつける。こうすると後縁がすこし持ちあがる。この部分に作用する空気力が機首を持ち上げるモーメントを作る。これで、重心と揚力の作用点がずれによるアンバランスを打ち消すのである。もちろん、翼の後縁を立てると揚力の作用点もずれるが、わずかな部分であるのでその影響は小さい。

 
図5 機体の後ろの調節。爪で「すじ」をつけ後縁を上げる

 折り紙飛行機では重心は折り方で決まってしまうので、「機体の後の調節」によって飛び方を調整する。後ろの折りが少ないと、大きなモーメントを打ち消せないので、小さな迎え角で釣り合う。この状態では、抵抗は小さく、飛行速度は速く、降下は深くなる。後ろの折りを大きくするとこの逆で、ゆっくり浅く飛ぶようになるが、折りを大きくしすぎると失速しやすくなる。なぜ、飛び方が変わるのかも説明の必要があるが、詳しくは次回以降にさせて頂きたい。

 機体が左右に曲がってしまう場合も調整が必要である。前や後から見て、左右のバランスを取ったり、時には、垂直尾翼の後ろを左右に調整したりする。機体を水平に投げ出し、降下の様子を見て機体を調整する。いかに素早く上手に調整できるかが腕の見せどころである。

 
●紙飛行機のだいごみ

 紙飛行機も本当の飛行機も、飛行の原理は同じである。紙飛行機はパイロットが乗っていない分だけ、難しい面もある。パイロットの巧みな操縦で機体をたてなおすといったことができない。飛ばす前に、微妙な調整が必要なのもそのためである。機体が手を離れてしまうと、もう手のほどこしようがない。これが紙飛行機のだいごみでもある。

 本物の飛行機との関係にも触れなくてはならない。本物の飛行機は水平尾翼によって「機体の後ろの調節」をしている。そして、水平尾翼の後ろにある昇降舵 (しょうこうだ、英語ではエレベーター) の角度を変えながら飛行速度を制御している。もちろんエンジンの推力も調整する。こう書くと、前に尾翼のある飛行機はどうやって飛ぶのか?尾翼のない飛行機だってある、などいろんな疑問がわいてくる。

 もうスペースが無くなってしまったが、揚力のことも気になる。折り紙飛行機でも「のり」で貼り付ける紙飛行機でも、翼はほとんどが平板で、本当の飛行機のような翼型をしていない。平板でなぜ揚力が発生するのか。これは前回のテーマに関係することであり、読者の方から質問も頂いている。このことも次回以降に考えたい。

 今回、写真に使用した機体は、戸田さんに教えていただいた「スカイウィング」と名付けられた折り紙飛行機である。真上に投げ上げ風にのせれば 20 秒以上飛ぶそうである。作り方は「折り紙ヒコーキのホームページ」をご覧頂きたい。3 メートルの巨大折り紙飛行機がどんな飛びかたをしたのかも分かるはずである。

 (次回に続く)

 

 -msnJ

 
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プロフィール

鈴木 真二(すずき しんじ)

1953 年岐阜県生まれ。1979 年東京大学工学部航空学科修士課程修了。
同年 (株) 豊田中央研究所入社。
1986 年工学博士。同年東京大学工学部助教授、1996 年同教授。
専門は飛行力学。
著書は「現代の航空輸送」 (共著:勁草書房) 、「マルチメディア航空機図鑑」 (監修:アスキー) 、「力学入門」 (コロナ社) など。
日本航空宇宙学会理事。